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愛してるって言って!

第2章 【四人の男は恋をしている】

「これが、『醍醐』だ」
「桜…」
「そうだ」
『醍醐』という名のその絵には、大きな満開の桜の木が描かれている。淡い桃色の花が、枝という枝に咲き乱れ、その一つ一つは立体的にすら見える。数ある展示品の中でも、それは五本の指に入るほど、嶋が好きな作品の一つだった。
「描いたのは奥村土牛という画家だ。この人は温かみのある雰囲気の作品が多い。使う色も柔らかいんだ。この作品はその典型とも言えるな」
「すごい…!さすがは学芸員さん」
嶋を見つめ、千春は目を輝かせた。
「阿保か。これくらいの説明は何度か美術館に通ったくらいの奴にもできる。チャペルに行くと、この醍醐のステンドグラスがあるから、もし興味があるなら観に行ってみろ」
「はい!ありがとうございます!」
千春はなんだか嬉しそうだ。
「じゃあな、オレは仕事に戻る。お前は好きに観て行けよ」
嶋はそう言って、その場を後にした。
妙な奴だ。本当に絵に興味があったのか?まぁ、遊び相手にはちょうどいいかもしれないが。

嶋は、初めて会った時から、忍が好きだ。一目惚れというやつがあるなら、きっとこういう事を言うのだろう、と思う。昔から、嶋は女性も男性も同じ様に愛す事ができた。つまり、バイセクシャルという事になるのだが、正直もう、女性には飽き飽きしていたところでもあった。ここ数年付き合ったのは女性が多かったし、そのほとんどが嶋のステータスを気にして、結婚を目標に付き合っていたようにしか見えなかった。夢見がちな女、プライドの塊のような女、とにかく結婚がしたい女、お姫様体質の女。
記憶に残っているだけでも、面倒な事ばかりだったし、そういう女ほど決まって、ベッドの上では実に退屈なものだった。もう恋愛はたくさんだ、面倒くさい。そう思っていた矢先、嶋は忍に出会った。中性的で、男のくせに色気があり、可愛い顔をしている癖、どこか闇を抱えていそうな雰囲気も持った忍に、嶋は自分でも驚くほど、一瞬で虜になってしまった。だが同時に、静矢ばかりを見つめている忍の視線にも気が付いた。忍の、静矢に対しての気持ちは間違いなく、義弟としての気持ちでも、同居人としての気持ちでもなさそうだったが、不思議とそれは、嶋の雄としての性欲を異常なまでに掻き立てた。

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