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愛してるって言って!

第3章 【合縁奇縁】

「やばい、ちょっとハイペースで飲みすぎたかも…」
忍がビールでここまで酔う事は珍しい。病み上がりだからか…とも思ったが、風邪が治ってからは、もう十日ほど経っている。そんな、ふらふらとトイレに立った忍の後からは、追いかけて来る足音が聞こえていた。振り返らなくても何となく、誰だかわかる。
嶋さんだ…。
今この状態で何かされたとしても、抵抗できる自信は忍には全くなかった。
「忍」
嶋の声がすぐ後ろで忍を呼んだ。トイレに入る手前の、細い通路で、忍は立ち止まった。
「何?」
「言っとくが、千春とオレは何もないぞ」
「いいじゃん。おれは似合ってると思うけど」
「忍…お前な…」
「付き合ってみれば?千春はいい奴だよ」
「いいか、忍。オレはお前が…」
「もうわかってるってば」
忍が投げやりに言った時、嶋は、忍の手を引いてギュッと抱きしめた。その力は、今までで一番強いように感じた。
「お願いだから…もうやめてよ、こういうの…」
どうしよう…。こんなとこ、静矢さんと千春に見られたら絶対やばいのに…。
そう思っても、身体にはほとんど力が入らない。忍は完全に酔っ払い、その気持ちとは反対に、身体を嶋に預けてしまっていた。
「お前、これ以上勝手な事言うと、襲うぞ」
「もう襲ってんじゃん。いいから離してって…!」
「二人っきりでこんなとこで食事しやがって」
「邪魔したくせに」
「誕生日をこっそりこんなとこで祝ってやって、そんなにあいつが好きか」
「ごめん…」
好きだよ。
「なんであいつなんだ…。なんでオレじゃない…?」
「わかんないよ、そんなの。おれだって…」
おれだって、苦しい。静矢さんが好きすぎて、近くにいても全然届かなくて、嶋さんの事好きになれたらどんなに楽かって思う時もある。でも…それじゃダメみたいなんだ。
「オレが何をしたって…お前は、オレのものにはなってくれないんだな」
嶋の声は、震えていた。
本当は、わかってる。
嶋の強い真っすぐな想いも、本当は真面目で、優しいって事も。そうじゃなきゃ、過去の恋愛で傷ついてた千春が、嶋を好きになるはずはなかった。
嶋さんの気持ちは本当に嬉しいよ。だけど…。
「嶋さん、ありがとう。でも…ごめん…」
その言葉に、嶋の身体が一瞬、ビクッと震えた。

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