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愛してるって言って!

第4章 【その愛に中毒を起こす】

その夜。嶋は千春を助手席に乗せ、千春の家へと車を走らせていた。いつもなら、晩御飯はどうするんだとか、今日は珍妙な客が来たとか、車内は賑やかなものだった。だが今日、二人は何も話そうとはしなかった。千春の家へと続く交差点に差し掛かり、いつもの様に、右に曲がろうとウインカーを出した嶋は、無言でウインカーを戻す。そしてそのまま、自分の家の方へと車を走らせた。一瞬、確かに千春からの視線を感じた。だが嶋は、千春が何も言わないのをいい事に、知らぬふりをして自宅へと向かった。
嶋の家の前に停まった車の中は、やはり怖いくらい静かだった。嶋が、なぜ、千春を連れて来てしまったのか、それに特別な理由があるわけではなかった。多分、今日は何となく誰かと一緒にいたくて、それが千春なら楽だという事はあったし、たまたま隣にいたのが千春だったからで、もしかしたら、それは誰でも良かったのかもしれなかった。
オレは、千春の気持ちに気付いていながら、何をしようって言うんだ…?
いや、気付いているから?だから利用したいのか?
頭の中で、自問自答を繰り返す嶋に、ずっと黙っていた千春が言う。
「嶋さん」
嶋を呼ぶその声は泣きたくなるくらい優しかった。それと同時に嶋は、心底自分という人間が嫌になった。
何をしてるんだ、オレは。
「すまん、ボーッとしてた」
「嶋さん…」
「シートベルトしろ。車出すから…」
嶋の言葉を、千春が遮った。嶋のハンドルを握る手に、千春の手が重なる。
「嶋さん」
嶋は何も言わない。
オレは最低だ。蒔田が、死んだ嫁さんの代わりに忍を抱きやがったら、許さないとか思ってたくせに。
「嶋さん。嶋さんのしたい事、していいですよ」
「やめろ」
「僕は大丈夫ですから」
「やめろって」
今そんな事を言われたら、オレは…。
「大丈夫です」
絶対お前を壊してしまう。
一度は勇司から守った千春を、嶋は今、自分の手でめちゃくちゃに壊してしまおうとしている自分が許せなかった。それでも、千春の優しい声と微笑む笑顔を前にして、それに甘えてしまいたい、そうして、忍の事をたった一瞬でも忘れたいと、思ってしまうのだった。

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