悪魔の誘惑
第4章 視線
ふと、水野は足を止めて背後を振り返った。
背後には誰もおらず、間隔あけて設置された街灯が二車線道路と水野が歩いていた歩道をぼんやりと映し出しているだけだった。
......。気のせいかな。
水野は前を向くと再び帰路へと続く道を辿り始めた。
誰かの視線を感じて振り返ったが、実際誰もいなかったという経験は人間誰しもよくあるものだ。
きっとその類いのものだろう。
今日は帰って早く寝よう。
疲れてる。
状況を楽観的に考えた水野はそのまま一度も振り返らずに、住み慣れた自宅のアパートへと向かった。
アパートの階段を駆け上がり、3階の一番端の部屋に到着した水野が玄関の鍵穴に鍵を差し込んだ時だった。
ギュルルル〜と空腹を告げる音が鳴り、水野は一人恥ずかしくなったが、そこで、とある場所に行ってなかった事を思い出した。
「あ」
しまった。ご飯を買っていなかった。
自宅の玄関前で鍵を回す前に気づいた水野は慌てて鍵を閉めて、近くのコンビニへ遅い夕飯を買うため、アパートの階段を駆け下り、アパートの庭である公園を横切った。
一瞬、その公園の遊戯施設であるブランコに誰かが腰掛けているのが目に入ったが、再び襲ってきた空腹を一刻も早く満たしたかったので、そのまま声もかけずに素通りしてしまった。
水野が公園を横切ったのを横目で確認した男は、ブランコからゆっくり腰を上げた。
男は、目の前のアパートの階数を下から順に細い人差し指で数えていった。
1、2、3
その手つきはまるでなにかを確認するかのようだった。
男はそれだけ済ますと、静寂に包まれた公園を後に立ち去った。
黒いスキニーを履いて、黒いフードを被った長身の男だった。