テキストサイズ

悪魔の誘惑

第3章 始まりは静寂



桐生 順。


もうそろそろ慣れてもいいはずなのに、「桐生」という名字を見ると水野は胸騒ぎを覚えてならない。

というのも、今の水野の父は再婚者であり、実質水野香奈と血の繋がりは無い。

血の繋がりがあるのは、離婚した桐生 登という男で、離婚の原因は母以外の女性と浮気し挙げ句の果てに子供まで作ってしまったからだ。

今から17年前、当時8歳だった水野は、桐生 登と母がその事で口論に至り、最後は惨めに母に縋り付き泣いている桐生を目の当たりにしたわけだったが、幼い水野には衝撃的なものでしかなく、後に事の詳細を母から知るのであった。

けれども、離婚原因の一つになった問題だからか、断固として異母兄弟の名前を母は口に出さなかった。

異母兄弟を知りたいと思う気持ちが無かったわけではないが、今の幸せな家庭が壊れてしまう可能性があると考れば、出来なかった。

水野は空白の多い解答用紙の丸付けをしていく。

きっと今年で、自分の受け持ったクラスの生徒と同じ17歳。

優しい家族と沢山の友達に囲まれて何処かで幸せな学校生活を送っていてほしい。

水野香奈という異母兄弟の存在を知らずに。


水野は桐生の解答用紙の採点を終えると、次の生徒の解答用紙の採点を始めた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ