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夏夜の煙

第1章 1人で吸うか、2人で吸うか

スクーターで風をきって走ると、生温いこの空気も少しマシになったように感じる。



後ろになびいていく金髪の根元は、黒くなっている。



……もう染めて4ヶ月経つもんね。



そりゃ、色も汚くなるわけだ。


こんなやばい生活、2人に見られたらなんて言われるんだろ。



父さんなら、和奏にはもっと似合う髪型がある!ってちょっとズレた怒り方して。


母さんは、ダサいわよーって笑うんだろう。


でも、もう、2人の怒った顔も、笑った顔も見れない。



「……っ、あ。」



気づいたら、ずいぶん離れた岬に来ていた。


この岬は。



3ヶ月と27日前のあの日。


父さんと母さんが、ドライブ先として私を誘った岬。


きっと、夕陽が綺麗だぞ。



そう、父さんは言った。



お菓子を作ったから、岬で食べましょう。



そう、母さんは言った。



そんな2人の誘いを、私は



岬なんていつでも行けんじゃん。



そう言って、顔も見ずに断った。



2人は、悲しそうに笑って、車に乗り込んで出かけていった。



そして、岬からの帰りに、あっけなく、2人とも事故で死んだ。



ずっと一緒だと思っていたのに。



あっけなく私の家族は、いなくなった。



もっともっと喋ればよかった。



もっともっと3人で出かければよかった。



でも、もう2人はいない。



いつも愛してくれた人は、いない。



ふらり、と、スクーターから降りて、岬の先端に歩き出してみる。



一歩、一歩踏み出すにつれて、潮の匂いが鼻腔に広がって、サラサラの砂が髪にまとわりついていった。



黄色と黒のビニールテープを越えて、岩場を越えて。



海の方からの凪風は、一段と強くなって、鼓膜をビンビンと震わす。



「………。」



あと一歩踏み出せば、落ちる。



そんな瀬戸際で足を止めた。



胸ポケットから、潮風でへなってしまっているマルボロのケースを取り出す。



カチ、とライターで火をつけて、思い切り煙を吸い込んだ。




これが、最後の1本。



ゆっくりと味わってから、海に放った。



さて、と……。



「死んじゃうの?和奏ちゃん。」



「!!?」



急にハスキーボイスが耳をくすぐってきて、驚いた瞬間、足を滑らせていた。

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