
花と時計
第2章 高嶺の花の香り
振り向いたそこに立っていたのは、藍鼠色の髪の人。
夢咲聖先輩だった。
「君、一年だよね。
迷子になっちゃった?」
私は頷くしか出来なかった。
まさか、こんなところで出会うなんて。
というか、なぜ、彼はこんなところにいるんだろう?
私の疑問をよそに、彼は笑って、肩を竦めた。
「この学校、無駄に広いからね」
そうして私に近づいて、私の顔を覗きこむ。
「寮に帰るの?」
私はまた頷いた。
近くで見ると先輩の顔は本当に美しく、香水だろうか、花のいい匂いがした。
「じゃあ、俺が連れていってあげよう」
「そっ、そんな、申し訳ない、です」
先輩の貴重な時間を、私に割いてもらうわけにはいかない。
反射的に断った私に、彼は形のいい眉をひそめた。
「いやってこと?」
「違います!」
「でしょう?」
彼に挑戦的な笑みを向けられて、私はドキドキした。
「君、名前は?」
「か、花頼依子、です」
「俺は夢咲聖です。
よろしく、依子ちゃん」
差し出された右手は、意外にも大きく、筋ばっていた。
「よ、よ、よろしくお願いします」
私は恐る恐る、先輩の握手に応じる。
「そんなに緊張しない。
って無理な話か」
一転、彼は無邪気に笑って、「じゃ、行こう」と、私を反対方向へと促す。
自然に背中にまわされた手に、彼の悪行の噂は真実かもしれないと、私は思った。
