
花と時計
第1章 心の殻
「よりこって、かわいい名前だよな」
一つの机を挟んで、私と対面して座っている彼、現瀬恭次(ウツノセキョウジ)は唐突にそんなことを呟いた。
その時、同じクラスの私たちは日直で、先生から、プリントを冊子状にまとめるように頼まれて、その作業をしていた。
だけど、それを頼まれたのは私だけだった。
先生が昼休み中の教室に来た時、彼は教室にいなかったのだから。
だから、私が頼まれたし、それは私だけの仕事だった。
だというのに、彼は、空き教室に移動して作業していた私をわざわざ探しだして、やってきたのだ。
日直なんだから、一緒にやるのが当たり前だと言って。
そうして二人で作業を進めていた時、彼は唐突に、私の名前を褒めたのだった。
私はうろたえた。
彼はどうしてそんなことを言うの?
罰ゲームか何かかと教室を見渡すけれど、誰かが隠れて覗いているような気配はしない。
彼は本気で、私の名前がかわいいと思っている。
そう理解した時、私は沸騰したみたいに顔が熱くなった。
彼はそれに気がついて、ふっと吹き出す。
「顔、まっかだけど大丈夫か?」
「だ、だだだ大丈夫、です」
私は、言葉につっかえながら、うつむいた。
彼はクラスメートだけど、タメ口を使うのは気が引けた。
私と彼は、住む世界が違うから。
だけど、彼にとって、私が敬語を使うのは不思議なことのようだった。
「ですって」
と、つっこみながら、彼は、また私を見る。
「な、よりこって呼んでもいい?」
私は彼が理解できなかった。
今まで、私に近寄ってきた人はみんな私の“特別な運命”を羨んで、傷つけようとしてきた。
それが私の当たり前。
私が理解した、他人という存在。
彼も他人なのだから、確実に、今までの人たちと同じはずだ。
結局は、私の“運命”を羨んで、陥れるため。
……そうか。
私はピンときた。
