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堕ちる

第1章 1

大概の男子は、そういう場合、ラッキーとばかりにこっそり覗き続けるのだろう。

しかし僕は、見つけたらすぐに視線を外す。

一瞬だけ見たものを、頭の中で再現することもしない。

いくら短くても、無防備に足を開いていても、スカートを穿いているということは見られたくはないのだ。

見られたくないものを、故意に見るというのは、僕の中では許されないことだった。

だから当然、今回も覗きはしない。

僕は視線を横に外し、太ももすら見ないようにした。

と──

次の瞬間、僕の顔が、弾力のある何か大きなものに埋まってしまった。

何か? と考える必要はなかった。

僕の顔の高さにあったものは、一つだ。

咄嗟に上体をのけ反らせると、間違いなく、目の前には江藤さんのお尻があった。

彼女はなぜか、途中で足を止めていたのだ。

視線を外していたばかりに、僕はそれに気づかなかった。

ごめんなさい──

謝ろうと口を開くが、言葉が出ない。

江藤さんは、きっと嫌な思いをしただろう。

だが僕自身も、驚き戸惑っているのだ。

それにしても、なぜいきなり足を止めたのか?

謝れないままあれこれ考えていると、不意に江藤さんが「ごめん」と言った。

起きてしまった事故について、僕なりの言い分はもちろんある。

だがとにもかくにも、彼女は被害者なのだ。

その被害者に謝らせるとは、僕はいったい何をやっているのか?

「いや、あの、僕の──」

「ちょっとさ、飲み物用意するから、先に部屋で待ってて。階段上がってすぐそこの部屋だから」

「へ?」

何を言われたのか?

お尻に顔を押しつけてしまったことについて、江藤さんがどう思っているのか?

状況を理解しようとする間もなく、江藤さんが階段を逆行してくる。

せまい階段で、二人の体がすれ違った。

「あ、暖房つけといてね」

すれ違った後、顔だけを振り向かせて江藤さんが言う。

僕は呆気にとられながら、「はい」と短く頷いた。

お尻に顔を押しつけてしまったことについて、江藤さんは何も感じていないようだった。

『ごめん』と言ったのは、部屋へ案内することを途中で放り投げてしまうことについて謝ったのだ。

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