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ほんとのうた(仮題)

第5章 騒々しい景色の中で


 ちっ……!

 それが誰か知るや、舌打ちを鳴らした俺はげんなりと露骨に顔を歪めた。その男は必要以上に俺の側に近づきながらも、やたらと大きな声で話し始めている。

「しかし、奇遇ですねぇ。つい最近も会ったばかりなのに」

 周囲に迷惑だし、もう少し小声にしてくんないかな。あと、顔が近えよ……。

 そんな愚痴をグッと押さえ、それでも大人な俺は平穏な対応を見せた。

「ホントにな。お前とは、妙な縁を感じてるところだ」

 こんな縁なら、そこらのゴミ箱に捨ててしまい気分だが……。

 そんな感じで、俺のテンションを一気に急降下させたコイツの名は――太田。この間もラーメン屋を出たところで顔を合わせていた、辞めた会社の元後輩である。

 お前のことなんかきっと誰も憶えてないだろうし、丁寧に説明しておいてやったから感謝しろよ。と、どこの誰に向けたかも不明な説明を終えた俺に、太田は更に馴れ馴れしい口を利いてきた。

「今日は、買い物っすか?」

「まあ、な」

「へえー、随分と余裕なんですねー」

「なにが?」

「だって先輩、失業中じゃないすか。え? もしかして再就職先、決まって――? あ、だとしたら、大変失礼いたしました」

 太田はその底意地の悪さを全開にして、わざと大袈裟に俺に向かって頭を下げた。見事なまでに完全な、当てこすりである。

 ちっ、このヤロウ……。

 俺は二度目となる舌打ち。そして不快さを隠さずに、薄ら笑う太田の顔を睨みつける。

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