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ほんとのうた(仮題)

第5章 騒々しい景色の中で


「そんなにすぐに決まるかよ。それともなにか――無職の人間は、買い物に出掛けちゃいけないとでも?」

「イエイエ、まさかぁ……ハハ、そんな顔しないでくださいって。ちょっとした早合点じゃないですかぁ」

 まるで愛想笑いのお手本のような顔の太田に、早くどっかに消えろ、と俺は心の底から念じた。

 だがその願いも虚しく、まるで立ち去る気配を見せないこの男は、わざとらしくなにかを思い出したかのように、言う。

「あ、そうそう――新井さんは聞いてますか?」

「あ? なにを」

 やや苛立ちながらも、一応は訊くと――

「その感じだと、ご存じないみたいですね。実は――先輩の退社を受けて、社内ではちょっとした騒動が起きてるんですよー」

 太田は思わせぶりに、そんなことを話した。

 騒動……?

 俺は僅かに、ざわめくものを感じる。

「よかったら、詳しくお聞かせしましょうか?」

 そう訊ねてくる太田に――

「……別に、必要はない」

 俺はやや考えを巡らせた後に、そう答えることに。

「えっ、気にならないんすか?」

 と、驚く太田。

 気にならないわけではなかった。だが仮に事情を知るにしても、コイツの口から語られる話では、恐らく事実を正しくは把握できない気がする。どうせ面白がって、妙な脚色を加えられるのがオチだ。

 それに、思い当ることがないわけでもない……。

「じゃあ、話は済んだな」

 ともかく、もうコイツと顔を突き合わせるのはウンザリ。最後通告のつもりで、そう言う俺であったが……。

 そのタイミングで、もう一人現れた知人の顔を前に、俺はギョッとするのだ。

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