ほんとのうた(仮題)
第5章 騒々しい景色の中で
素朴で真面目そうな雰囲気の彼女は、控え目な口調ながら至極真っ当なことを訴えるのである。
「お会計がお済みでない商品を店外に持ち出されては……そのぉ……私、困ってしまいますので」
俺はハッとして、傍らに立つ真の全身を上から下まで順に眺めた。するとその時、広いショッピングモールの敷地内を、一段と強い風が吹き抜けてゆく。
期せずしてそれが真の身に着けた――ショートデニム、ジャケット、厚底サンダル等々――それらがぶら下げる値札タグを、ひらひらと揺らしていた。まるで店員の言葉を、証明するかのようだった……。
そしておそらくは、恥ずかしかったのだろう。真の顔が、みるみると真っ赤に染まった。
「ああん、もう! 今、肝心な場面だから、ちょっと待っててくれない!」
真は店員に向けて、慌ててそう言うのだが――
「で、でも……そのような行為を許しては、私だって店長に叱られてしまいますから」
店員の彼女も、必死に食い下がっている。それはそうだろう。この場合、正義は彼女の方にこそあるのだから。
その後も暫く、真と若い店員は取り留めもない押し問答を続け。
太田と亜樹はといえば、すっかり所在無さげに呆然と立ち尽くしている。
その周囲を往来する客の中には「何事?」といった顔で立ち止まる人の姿もチラホラあった。
その様な場面を目にして、俺が気を払うことは幾つかあったように思う。
とりあえずは適当に言いくるめて、太田たちを追い払うのが先決か。
或いは、真を伴い店に戻って、いち早く可哀想な店員を安心させてやるのか。
それとも最優先なのはやはり、周囲の好奇な目から真のことを『身バレ』せぬよう守ってやるべきか――とか。
だが、結果的に――俺はこの時、そのどれもすることができなかった。
その代わりに、したことが――ひとつ、ある。
なにかといえば、それは――
「ふふふ……くっくっく」