ほんとのうた(仮題)
第5章 騒々しい景色の中で
――!?
突如として笑い出した俺を、そこに居た誰もが不思議に思ったことだろう。
それでも、もう止められなかった。
「あっはははははは!」
こんな風に笑ったのは、一体、いつ以来のことだろう……?
それすら、思い出せないほど――俺は高らかに笑っていた。
なにがそんなに可笑しかったかって、そんなこと理屈なんかでは説明できない。
只、純粋に――今、とても――愉快、だ。
相容れない親父に逆らい家を飛び出したのは、二十歳そこそこの頃。
それからは、いつもなにかに追われるようにして――己が何者かに成らねばと、足掻き続けた時もあった。
だが、広げた掌にはなにも、もたらされた覚えなどなく。
親父に逆らったことを、密かに悔み――そんな自分をまた心底、嫌悪していた。
そんな二十代を経て、気がつけば三十代を迎え――。
急速に早まるゆく時計の針に、やがてその心は只、平穏を求め――逃げた。
三十五、そして、四十と。
今の俺はなにかを望むことや、希望なんて言葉を口にすることすら恥ずかしいのだと感じ。
自分でも知らず知らずに常に斜に構えては、目に映りゆく世の中に無関心を装い何気ない顔で眺め続けてきた。
運が良ければ、結婚でもしてみようか。
もしそれが駄目なら、酒でも飲んで一人で気楽に、それなりに楽しくやればいいのさ――なんて。
なにも得ようとしなければ、また失うこともなかろうと――それは、臆病者が築きし虚しい予防線だ。
今、腹の底から笑った俺は、そんな矮小な己の姿ごと、大いに笑い飛ばしてゆく。
この歳にして、古い殻を破り。
そして、俺はやはり――欲しいと思った。
失った辛さは、その時になって耐えればいい。
その覚悟がなければ、また――こんな痛快な気分になることすら、ないのだから。
俺はこの時、真に――真と出会えた幸運に、心の底から感謝した。