ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
それに対しニコリと微笑んだ女は、こんなことを口にする。
「だ・か・らぁ――そんな話、どうでもよくない? ねえ、オジサン」
こ、このアマぁ……。
ビキッ――と、血管が浮き立つ音がする。俺はまたしても、怒りの炎を燃え上がらせていた。
だが、これだけは断っておこうか。自分で言うのもなんだが、俺は決して度量の狭い男ではないはず。
全ては大人を舐めきっているかのような、この女のせいである。不快感を隠さない俺を前にしながらも、女は平然と微笑していた。
その顔つきはとてもあか抜けていて、およそこんな片田舎でお目にかかれるタイプではないように思う。しかしながら、ここに至ってその美醜に興味などないのだ。
「過去の話よりも、さ。明るい未来の話を、しない?」
「は?」
突然何を言い出したのかと、俺は言葉のみならず頭の上にまで『?』を浮べていた。
女は急に甘ったるい猫なで声で言う。
「つまりねぇ――これから、どうしようかなぁ? って、相談なんだけどさぁ」
「……」
俺はジロリと、訝しげな視線を差し向けた。女は口元に笑みを浮かべたままだが、その瞳はなにやら企んでいる御様子。そんな意図を、即座に見抜く。
四十男を、あまり舐めてくれるなよ。
今は独り身の俺ではあっても、当然ながら女という生き物については一定以上に熟知しているつもりだ。そしてこの女が今、善からぬことを考えていることぐらい一目でわかる。
女は軽装であり、見た感じではなにも所持してはいない。腹を空かして動けなくなっていたことから、おそらく財布や携帯すら持ち合わせてはいないようだ。
すなわち女は、牛丼を奢らせただけでは飽き足らず、この上さらに俺から金銭をせしめようとしている。少なくともタクシー代か、ホテルの宿泊費を充当しようとする腹積もりだろう。
女がそんな状況に陥っていることに、同情を寄せる義理など最早ありはしない。事情を訊ねている俺に対して、はぐらかしたのは彼女の方なのだ。
つまり、これ以上の不深入りは無用である。