ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
「さてと、そろそろ帰るか」
俺は明後日の方向を見て独り言のように言うと、伝票を手にそそくさと席を立った。
そして支払いを済ませ、牛丼屋を出ると――
「とりあえず、ご馳走さまだね。それで、さあ。この後のこと、なんだけど――」
俺を追うように店を出た女は、当然の様に肩を並べ歩き初めた。
ここで一切の、甘い顔を見せてはいけない。
「ああ、気をつけて帰りなさい。じゃあ、俺はこれで――」
作り笑いを浮べてそう言うと同時に、俺は店の脇の路地を急ぎ曲がった。
「……」
ジーっとした視線が、背中に突き刺さってくるよう。だが、そこで振り向いては負け。つれない態度を示し、きちんと断ち切らねばなるまい。
相手は“捨て猫”の如き女。本当の捨て猫だとしても、今の俺に拾ってやるゆとりなどなかった。なにしろ俺は無職――と、何度も繰り返すのはよそう。気分が滅入る……。
そうして細い路地を、中頃まで進んだ時だった。
「オジサーン!」
との、やけに通りの良い大声を耳にして、俺は思わず振り返る。
どうでもいいけど「オジサン」の呼称に反応してしまう自分が、やや虚しいが……。
まあ、それはいいとして――。
「ありがとー! じゃあ、まったねー!」
女は路地の向こうで、ニッコリと微笑み両手を大きく振っていた。空腹を満たしたことで、その姿は公園で見かけた時とは異なり、とても元気一杯である。
「あ、ああ……」
聴こえないであろう小声で言うと、俺もつられたように小さく右手を二、三回振った。
意外とあっさり、だったな……。
些か拍子抜けしつつ。俺はまた女に背を向けると、ようやく家路を急ぐことにするが。
ちょっと、冷たかったか? 思ったほど悪い娘でも、なさそうだった……。
俺は僅かながら、後ろ髪を引かれる気がしている。