ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
でもまあ、最低限空腹で動けなくなった状態は脱している。あれだけ元気な様子なら、俺が心配してやることもないはず。
そう思いつつも気にしてしまうのは、手を振った時の彼女の笑顔のせいだろう。
なぜか、とても印象的。否、もっと正直に言えば、とても眩しく思えた。と言っても、決して中年のスケベ心を顕わにしようというつもりではない。
最初は、気がつかなかったが。彼女には、どこか人を惹きつける魅力のようなもの感じた。
「……」
そんなこと考えている内に、気がつけば俺は自宅に到着している。自宅とは言ってみたが、呆然と見上げるのは平凡なアパートの建屋。
その二階の一室に、俺の孤独な生活が詰まっているのだ。
四十を迎えた男が構える住まいとしては、そこは明らかに脆弱な印象。だがこの先は、この部屋を維持するだけでも大変となる。その理由は最早、述べないが……。
改めて己の置かれた立場を弁え、俺はようやく頭の中を切り替えた。どこの誰とも知らない女のことで、気を裂いている余裕などないのである。
俺は階段を静かに上がると、自室『204号室』のドアを開き、入口側の照明のスイッチをパチリと押した。
それにしても、今日は疲れた。さっさと、寝よう……。
ヨタヨタとした足取りで、部屋に入ろうとすると――
「うーん……ちょっと、狭くない?」
「あ? そう言うなって」
「でも、さあ。想像してたより、片付いてるかも」
「まあ、それなりに――――――――なっ!?」
それは、寝惚けていたせい。会話を二往復して、ようやく俺はハタと気づく。
「アハ」
「ア、アハハハ……」
などと、つられて笑ってる場合ではないのだ。