ほんとのうた(仮題)
第6章 お気楽、逃避行?
斎藤さんはそんな経緯を思い返したらしく、神妙な面持ちで申し訳なさそうに言った。
「あの時、新井さんが矢面に立ってくれなかったら、我々は皆、成す術も無く会社を追われていたことでしょう。本当になんとお礼を言えば、いいものやら」
「仮にも統括長でしたから、そんなのは当然です。お礼を言われるようなことじゃありません。大体アレは、トップダウンで始めた事業なんですから。業績悪化のしわ寄せを、従業員だけに追わせるなんて、それ自体考えられない話なんだ」
俺は当時の憤りを蘇らせ、思わず言葉に力を込める。
まあ、しかし……。
矢面に立っただなんて言われれば、聞こえが良すぎて背中の辺りがむず痒くなる気がした。俺がしたことと言ったら精々、知り合いの弁護士に頼みこの一件が不当解雇に当たるかどうか簡易調査してもらったくらいである。後は法的手段も持さないという構えを取り、経営側をけん制していただけに過ぎない。
端的に言えば「訴えるぞ」と脅しをかけたわけだ。
実際、労働組合を持たないような小さな企業においては、この手の事案は結構あるということ。大概のケースでは、弱い立場の労働者が泣き寝入りしてそれで終わり。例えどんな理不尽であっても、法的に訴えるなんてことは時間と労力を消費し過ぎるのだ。
もちろん面倒事が苦手な俺に、本気で訴える気なんてさらさらなかったことは言うまでもない。幸い『脅し』の効果もあり、希望退社と言う名の『肩叩き』は、未然に防ぐことができ、すなわち一応の目的は果たされていた。
しかしながら、それで全て平穏となるはずもない。特に俺は会社トップの心象を、著しく損ねてしまっている。正面から対立したのだから、当然といえば当然のことだった。
その後にも様々あった挙句、俺は結局退社を決意している――わけではあるが、それに関しては実は前々から考えの範疇になかったことでもないのだ。
会社の経営に対する不満は以前より募らせていたし、用はタイミングの問題。この数年の不慣れな仕事に、疲弊しきっていたことも大きな一因になった。