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ほんとのうた(仮題)

第6章 お気楽、逃避行?


「ちっ……アイツか」

 舌打ちをしながら呟く――と同時に、俺の頭の中では全ての事象が繋がりをみせた。

 太田については、ああいう男である。俺から五年遅れで入社した当初から、持ち前の調子の良さで上司に取り入ってきた姿を目にしていた。

 その甲斐もあり、今は社長や重役たちの子飼いといったポジションに収まっている。

 あざとくて狡からくて、そこそこ頭も切れるという質の悪さだ。

 アイツなら、自分より年上の社員をいびり倒すくらいのこと、平然とやってのけるだろう。もちろん上からそう言い含められた上で、その役職に着いているはずだ。

 それら状況を理解しつつ難しい顔をしてみても、俺にはこんなことしか言いようがないのである。

「斎藤さんたちに対しては、気の毒に思います。ですが、今の俺では、どうしようもないのが現実ですよ。現にこの嘆願書だって、今ここにあるってことは――?」

「はい……突き返されてしまいました」

「――でしょうね。つまり俺は既に、社員ですらないってことですから」

 俺たちの抵抗も虚しく、会社はどうあってもリストラを断行しようとしている。

 自分のしたことが無駄に帰したことに無念の想いは禁じ得ないが、言葉通り俺にできることなどもうないのだ。

 しかし、この直後。斎藤さんは実に意外なことを、俺に告げていたのである。

「新井の退職については、まだ保留だ――と。この嘆願書を手にした我々に、社長はそう言ったのですが」

「保留だって……?」

 内心で、只ならぬ感情が沸き上がりつつあった。

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