ほんとのうた(仮題)
第6章 お気楽、逃避行?
真の前では、込み入った話をしたくないと感じた。店外を出て歩道まで進み、俺は目的の相手に電話をかけるのだった、が――
『おやっ、珍しいですねー。先輩から電話があるなんて。どうか、しましたかぁ?』
太田の無駄にテンションの高い声が耳に障った。通話を始めて数秒、既に俺の方は苛立ちを禁じ得ないことに……。
そうなれば、長々と話したいわけもなくて。
「嘘つけ、コノヤロウ。そろそろリアクションがある頃だと、そう思ってたはずだぞ」
対決姿勢を強めつつ俺がそう言ったのを受け、電話の向こうで太田がほくそ笑んだのがなんとなくわかった。
『へえ、どうやら話は聞いたみたいですねー。斎藤さん辺りかな? 僕の想像より、早かったなあ』
「んなことは、どうでもいいんだよ。どうして俺の退職が保留になってるのか、その理由を端的に聞かせろ」
単刀直入に切り出すと、太田はややしみじみとした口調で、こんな風に話す。
『いやー、先輩。僕はやっぱり、損失だと思うんですよ。先輩のように優秀な方が、会社を去られてしまうだなんて』
「お前の世辞なんて、聞いてねーから」
『ハハ、つれないなぁ……。だけど、先輩。そう考えてるのは、会社だって同じことなんですよ。今回の一件では確かに双方の間で、諍いが生じました。でも、それはちょっとしたボタンのかけ違いだと、僕は思うんですよ。誰が悪かったというわけでもない。だからこそ、会社側も柔軟な姿勢を示そうとしてくれています』
「それで――柔軟な姿勢とやらは、どういったものなんだ?」
『先輩にその意志がおありでしたら、職場復帰の方向で事は進むということですよ。なにも難しいことではありません。要するに、社長にお会いして頭を下げる――と、たったのそれだけのこと』
「なに……?」
期せずして携帯を握り締めた手に、力が籠る。