ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
「オ、オイ――お前っ!」
「えへへ。後をつけて来ちゃった」
いつの間にか俺の傍らに立つと、女は悪びれた様子もなく楽しそうな顔をしている。
「帰ったんじゃないのかよ?」
「だって、私。ちゃんと『またね』って言ったよ」
「いや、しかし……」
「まあ、とりあえず。話なら、中でしよっか」
「は? こ、こら……」
自分の部屋であるのも拘らず、俺は女に手を引かれるままに中へ。慌てて靴を脱ぐ拍子に、玄関の段に足を取られた。
――ドサッ!
俺は女にもたれかかるように、そのスレンダーな肢体を床に押し倒してしまう。
「いやっ、違うからな……今のは、ほんの弾みで……」
「うん。別に、気にしないで。ていうか、さ――」
「……?」
ゴロリと仰向けになり、女は俺を見上げると――
「――いいよ」
と、言ったのだ。
その眼差しは、トロンとしていて。囁いた口元が、妙に艶めかしい。
女は俄かに、その気質を変えた。
「い、いいよ……とは?」
年甲斐もなく、その一言に激しく動揺する俺。
その形を成さない問いに、彼女の唇が怪しく微笑む。
「つまり、一宿一飯の恩義ってやつだね」
「は?」
「だ・か・らぁ」
「――あ!」
むぎゅ――なんだかとても柔らかいものが、俺の顔面を包み込んだ。