テキストサイズ

ほんとのうた(仮題)

第7章 二人の時間(とき)に


   ※   ※


 大浴場から戻り部屋に入ると、室内は思いの外、静かだった。

「真――?」

 と呼びかけた声に、それに応じたかの如く届いたのは、心地よさそうな寝息である。

「ハハ、まったく」

 部屋に二つあるベッドの片方に、浴衣を大胆にはだけながら大の字に寝入る姿があり。それを見下ろしながら、俺はふっと緩和して笑った。

「ホント――欲望に、正直なヤツだ」

 天真爛漫とも、少し違っているように思う。よく食べ、よく遊び、よく寝て、そしてよく笑う。そんな真の寝顔を見ている自分が、とても不思議だと感じた。

 だが、無邪気な素顔の奥には、彼女なりの葛藤もある。その最中にあるからこそ、真は今、俺のような男と一緒にいるのだ。

 モヤモヤとした全てを振り払った時に、真はきっと、もっと眩しく輝きを放つのだろう。

 俺はその姿が、いつか見たくて――でも、本心では見たくない――の、かもしれない。

「変、だな……」

 酔うほど酒を呑んだわけでもないのに、妙に感傷的になってしまう自分に戸惑っていた。 

「さて、と」

 真が寝るベッドの脇に腰を下ろし、俺の心情を掌るかのような右手を、なんとも微妙な速度で真の頬へと伸ばしてゆく。

 ――ツ。と、静かに触れ。

「う、ん……」

 それに反応した真が、小さくその身を捩った。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ