ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
「だから、寝るなって」
「平気だよ……私が寝た後、は……オジサンの……自由に、して……いいの、だから」
「そ、そういう意味で、言ってねーから!」
「あ、でも……避妊だけ……ちゃんとして、よ…………」
言うことだけ、口にすると――
「オ、オイ!」
――――くぅ。
女は既に、気持ち良さそうな寝息を立てていた。
――バタン、ガチャ!
まず起き上がった俺は、開きっぱなしだったドアを閉め、すかさず施錠。こんな時刻とはいえ、万一第三者の目に触れでもしたら、世間体が悪いこと、この上ない。
だが、くれぐれも誤解はなきようにしてもらおう。なにも見られて不味い行為に、及ぼうというわけではなかった。
「……」
俺は額の冷や汗を拭いつつ、床に転がった爆睡女子を眺める。
グー、グー。
規則的に奏でられる鼾は、既に深い眠りの世界の住人の証だ。ちょっと揺すった程度で、目を覚ましてはくれるとは思えなかった。
「ああっ、もう……どうすんだよ、一体」
と、俺はこの不条理に対する悪態をつきつつも、近頃めっきり弱りかけた足腰を踏ん張り――
「よっ……と!」
女の身体を抱き上げ、そのままベッドに運ぶのだった。
ドサッ、と横たえた刹那。
「ぁん……」
と、無意識の内に、実に色っぽい声を発してくれているではないか……。
「――!」
それは否応なく、俺の視線を釘付けにした。
細くしなやかで、肌も顕わな両脚が絡み。横を向いた胸元は、クッキリとした谷間を見せつけている。
そして――
『好きにしても――いいよ――――いいよ――――――いいよ――――――――いいよ』
俺の脳裏でリフレインされゆく、彼女のあられもなき言葉。
ゴクリ――と、俺は思わず喉を鳴らす。一度は沈めた如何ともし難い欲望が、俺の中に湧きあがっていた。
「くそっ、ふざけやがって!」
俺はなにかを振り払うようにそう吐き捨て、キッチンの蛇口を開くと冷水を頭からかぶるのだった。