ほんとのうた(仮題)
第15章 たとえば――
今年の初めに事務員として採用した中島さんは、かなり個性的な女性だった。年齢は三十くらい。髪は後ろで一つに束ねていて、服装の感じも総じて地味な印象である。化粧気を感じさせない顔つきは、見様によっては可愛らしい童顔ともいえる(のかも……)。
しかしながら、常に世界(他者)を警戒するかのようなジトっとした目つきは、玉に傷という他はあるまい。一人暮らしをしているとのことだが、その私生活は謎のベールに包まれていた。
それでも仕事は真面目にテキパキとこなすのだし、基本的にその事務能力は高い。俺からすれば、その性格も含め、なんだかんだ言いながら割と気に入っているのだった。
「冷たい麦茶でも、お持ちしましょうか?」
「うん、お願い」
中島さんが出て行くと、事務所には俺一人だけ。
事務員の紹介以前に、俺が「社長」なんて呼ばれている件について、少し話さなければならないのだろう。
とは言ってみたが、そんなに難しい話ではない。要するに俺が社長なのは、自分で会社を起こしたから。それだけのことだ。
先に触れた狭い事務所と、まだまだ設備の行き届かないオンボロの工場。工員五名、事務員一名の小さな組織――それこそが、俺の会社。
当初は銀行から金を借りて、一人で始めることを考えていた。しかし、そうして準備を進めていた時に、俺はあることを思いついてしまったのである。
俺が一緒に仕事をしようと声をかけたのは、以前相談を受けた斎藤さんを初めとするかつての同僚たちだ。前の会社をリストラで追われた彼らは、快く俺の申し出に応えてくれた。