ほんとのうた(仮題)
第2章 緊急モラトリアム
四十にして惑わず――とは、その昔の誰の言葉であったろう?
キュキュッ――シャアアアー!
平日の午前中の自分の部屋。若い女がシャワーを浴びる音を耳にしながら、俺はふと考えていた。
すなわちこの俺、新井裕司(40歳・無職)も不惑の年なのであるが。
フフン、フンフンフーン――♪
しかしながら、現実。次にバスルームから洩れ聴こえていたご機嫌な鼻歌を耳にすると、俺は大いに惑わされてしまうのであった。
「……」
この状況に陥るまでの、会話の流れをあまりよく記憶していない。なんで彼女は今シャワーを浴びているのか。単に汗を流すため、もしくは――
「俺に抱かれるため……だったり?」
思わず口にした自らの言葉にも、また……。
否――断じてココで、劣情に身を委ねてはならない!
俺は両手で頬をパンと張り、それを肝に命じた。
そんな俺をどうか、紳士だなんて思わないでほしい。言わばこれは保身のため。独身中年男に自然と備わっていた、慎重さがそうさせているに過ぎないのだ。
真――人気歌手・天野ふらのの失踪は、既に世間を騒がせ始めている。その時の人をかくまったのが、無職の中年(何度も言わすな)であったことが、仮に世間に知れ渡ったとしたらどうだろうか。
マスコミは一体、その事情どう伝える?
たぶん、ロクな記事にはなるまい。少なくとも、俺にとっては『百害あって一利なし』だと思われた。