ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
「オイ――今は、そんな気分じゃないんだ」
「ええ、だってぇ……」
不服そうな亜樹の身体を引き離すようにして、俺は真面目な顔を見せた。
「その前に……今日は、聞いてほしい話がある」
「話って、どんな?」
亜樹はそう言って見上げながらも右手の人差し指で、つつつ、と俺の首筋を弄ってくる。
「と、とりあえず、その手を止めてくれ。でないと、話せないだろ」
「ふぅん、じゃあ――ハイ、手は止めたよ」
悪戯っぽく笑った亜樹は右手を引くと、今度はその紅い唇をよせた。
「だ、だから……そういうんじゃなく」
「ちゅっ――いいじゃん。話なら、このまま聞くからぁ」
首元に軽くキスをして、亜樹は飽くまで俺をからかう姿勢をやめない。
「くっ……」
昂ったその勢いのままに、亜樹を押し倒してしまおうかと、やや悩む。
しかしながら、事後に改めて話を切り出すのは面倒だと思い至り。だから俺は、亜樹にじゃれつかれたままに、その話を続けた。
「実は、さ――」
「ちゅ――なぁに?」
「俺、今日――」
「ぅん――?」
上目使いにじっと俺の顔を眺めている。亜樹のその瞳を見つめ返し、俺は取り留めもなく告げるのだった。
「――会社を、辞めちまったんだ」