ほんとのうた(仮題)
第3章 異常なる日常で
とまあ、こんな奴である。俺にはもう、コイツと話す義理などなかった。
「じゃあな。ま、適当にやってくれ」
そう話しを切り上げ、立ち去ろうとするが――。
その意図をまるで無視して、太田は構わずに話を続けた。
「それにしても、新井さん。また随分と、思い切りましたよねぇ」
「あ?」
「いやぁ、お気持ちは十分にわかりますよ。それにしたって、ホントに辞めちゃうなんて。後々、絶対に後悔しますって」
「上があんなやり方をしたんだ。それが気にくわないから、辞めた。理由ならハッキリしてる。だから、後悔するつもりもねえよ」
「流石! カッコいいなあ。それでも、ですよ。現実的に、新井さんも確か四十ですよね。次の職の当てとかって、大丈夫ですか? 万一、心変わりがありましたら、僕の方から口添えを――」
つまらないことを、口にされそうだったので――
「ほっとけ。そんな話なら、もう行くからな」
全てを言い終わる前に、俺はそれを遮った。
そして、そのまま行ってしまおうとするのだが――またしても。
「あ、そうそう」
意味ありげな太田の言葉に、期せずして俺の足が止まる。
「なんだよ?」
「ああ、やっぱ……これを言うのは、マズイかなぁ」
ちっ……相変わらず、ヤラシイ男だな。
なにを言いかけたのか、そんなのはどうでもいい。否、それを気にすれば、きっと太田の思うツボだろう。
今度こそ振り向くこともなく、足早にその場を去った。
俺にしても別に、向う見ずに会社を辞めようと思ったわけじゃない。事ある毎に文句を言いつつも、かれこれ二十年近く務めた会社だ。愛着だって残るし、それなりの責任だって負っていたつもりである。
それでも、見過ごせなかった。それを見過ごしてまで、続けたくはなかった。