ほんとのうた(仮題)
第3章 異常なる日常で
それが、天野ふらのの愛称であるのか、俺の知るところではないが――。
「……!」
真は硬直したように、その動きを止めたままである。
無遠慮に伸びゆく男の手は、もう真に触れる寸前だった。
そのタイミングで、ようやく駆けつけた俺は――
「――悪いが、」
二人の間に割って入ると、思わず右腕で真の肩を抱き寄せていた。驚き仰いだ真の顔が、ホッとして見えたのが印象的である。
その顔を見せぬように身体の角度を変えると、俺は若い男に話した。
「俺のツレなんだ。ちょっかいを出すのは、遠慮してもらおうか」
「あっ、え? だ、だけど……」
男は取り乱してはいたが、どうやら簡単には引き下がってはくれないらしい。
「そ、その子……天野ふらのに似てたから」
その名を耳にして、俺はふっとため息を吐く。それから――
「人違いだよ」
そう言い残すと、真を連れその場を足早に去って行く――。
近くの駐車場に停めてあった車に乗り込み、その助手席に真を乗せ車を出した。そのまま少し走り道幅の広い国道の道路に出ると、それまで緊張気味に口を噤んでいた真が話し始めた。
「バレちゃったね……」
「みたいだな」
「あの人、私のファンなのかな?」
「さあ……単なる興味本位にも見えたが、俺からはなんとも言い難いよ」
「そっか……」
「……」
そんな会話の後、俺はチラリと真の横顔を窺う。窓から外の風景を眺める彼女は、どこか物憂げに映っていた。