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ほんとのうた(仮題)

第4章 重ね合うもの


 その表情は、父親に対して想いを馳せたものに思える。半ば家を飛び出て久しかったとはいえ、その心情では俺の場合とは随分と違っていたと考えるべきだ。それ故に当然ながら、その死は取りも直さず彼女にとっての不幸。それは間違いない。

 波乱に揺れ動き、足掻き駆け抜けた如き思春期。だが、どうやら――その際の不幸は、突如として父親を失ったことで終わりではなさそうだった。

 父親の死を乗り越えんとすれば、尚更であったと思う。真は更に一人強く生きねばと、おそらくは心に秘めたはず。だからこそ、掴みかけた好機にも臆せず挑もうとしたのだ。

 だが、その想いとは裏腹。その羽根を広げんとした彼女の手足に、ギシギシと絡みついた茨がある。その正体はやはり、大人の世界の柵(しがらみ)であったようだ。

 父の死後、その配偶者である「あの人」のことを、真は既に他人だと認識していたいう。当初から折り合いのつかなかった彼女が、自分に愛情など示すなどと考えなかったのも当然だ。

 夫を失ったことには同情できても、少なくとも家族としてそれを分かち合うような関係を築いてはいない……。

 しかし――

「考えてもいなかったよ。あの人が、私の親権を握っていただなんて……」

 その義母という人物には、巨大な功名心とそれを満たすだけの商才が秘められていたという。それを聞いた俺は、自分の父親の姿をそこに重ねた。

 そして、真に煌く才能があることも、その事前には承知していたのだろう。当時まだ高校生の年齢だった真がデビューを目指そうとした時、その存在は決して無視できぬものに変わっていたのだ。

 真の言葉は終始端的なものであるから、俺が察することができたのは、その心情と彼女を取り囲む状況のごく一部に留まる。

 だが、ネット上で目にした『事務所代表の義母との確執』は、期せずしてその言葉により裏付けられることとなってしまった。

 この時、真は最後に自分が歌手となるに至る、その心根の部分を語ってくれている。

「子供の頃、おばあちゃんがね。私の唄声を褒めてくれたんだ。真はまるで天使のような声をしてる、ってね」

 真は嬉しそうに語り、ぱあっと晴れやかな顔になった。

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