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ほんとのうた(仮題)

第5章 騒々しい景色の中で

 俺は洗面台の下の棚より代えの電球を手にし、ドアノブに手をかけ――

「入るぞ」

「いいよー」

「本当に入るからな」

「だから、いいって」

 そんな会話のラリーを経て。

 ――ガチャ!

 と、半ばヤケクソに、その扉を開いていた。

「あ、来た来た」

「お、おう……」

 勢いそうしてみたものの、あまりに慣れないシチュエーションに、やはり俺は戸惑いを隠せなかった。部屋から差している薄明かりで十分な視界はないが、それでも期せずして襲った背徳感に顔を背ける。

 それも、当たり前。用を足そうとする婦女子と、その空間を共にした経験などあるはずもなく。というか、仮にあったら俺が単に変態ということになってしまうだろ……。

「じゃあ、ボーっとしてないで、さっさとお願い」

「うるせえな。わかったよ……」

「あ、その前に、まずドアを閉めてね」

「はあ、なんで?」

「ここは、トイレだよ。ドアが開いてると、落ち着かないからに決まってるじゃん」

「……」

 俺はその支離滅裂な理屈に飽きれ果て、口をあんぐりと開けた。ここがトイレで、それが実にデリケートな場所であることは、真に言われるまでもなく認識している。

 結局はまたしても、俺は真にからかわれてしまっているということ……。

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