触って、七瀬。ー青い冬ー
第8章 初夜の残像
月の光。
拍手に包まれた。
沢山、僕と高梨に飲み物が渡された。
テーブルに呼ばれ、飲み物をくれたお客さんたちに一言ずつ挨拶をして回る。
「夕紀君って言うの?凄く綺麗だった。
また聴かせてね」
「はい、ありがとうございます」
高梨は僕を次のテーブルへと誘導する。
「夕紀君って、伊織君のお友達?」
高梨が爽やかに笑った。
「はい、そうです」
あ、ズキンって音がした。
「二人ともかっこよくてドキドキしちゃった。次も指名するね」
「ありがとうございます」
いくつもテーブルを回って、僕達は店を出た。
堺さんも、とても褒めてくれた。
また弾きにきてほしいそうだ。
「じゃ、ありがとね!お疲れ様〜」
堺さんの太陽のような笑顔に見送られて、僕達は高梨の部屋、17階に戻った。
渡された茶封筒には、信じられないくらいのお金が…
「こんなに貰えないよ」
僕はエレベーターの中で、高梨に渡した。
「それはお前が、お前の演奏で稼いだ金。
貰って何が悪い?」
「だって、何の練習もしていかなかったのに」
「それでも認められたから、こうやって客が金払ってんの。別に払ってくださいなんて言ってねぇだろ?」
「そう…」
「大人しく貰っとけって」
高梨が茶封筒を僕のジャケットのポケットに押し込んだ。
高梨はとても上機嫌だった。
でも何かおかしい。
「高梨、何飲んだ?」
お客さんはチップを渡す代わりに僕達にドリンクをくれる。
僕はオレンジジュース。
でも、基本的に大人の店だから、メニューは酒が殆ど。
「ジュースだよジュース」
高梨は何もおかしくないのに笑って言った。
「まさか…飲んでないよね」
高梨が僕をじっと見た。
悪い目だ…。
「誰も俺が未成年って知らねぇから」
「それでも駄目なものは…」
ダン、と耳元で音がした。
高梨が僕の顔の横の壁に手をついた音だ。
「七瀬、これは俺とお前の秘密」
高梨が僕の唇に人差し指を当てた。
「誰にも言わなきゃ、バレない」
高梨の酔った目は危険な香りがした。
いつもの爽やかさはどこへ行った。
今はただの狼だ。