触って、七瀬。ー青い冬ー
第8章 初夜の残像
「麗子さんは…高梨の年齢も何もかも知ってるんでしょ」
僕は狼に食い殺されそうな草食動物。
ウサギよりも小さい。声が震えた。
「…ああ」
高梨の目はギラギラ光っている。
「お店の誰かが気づいたら、や…
やっていけないよ」
僕は必死に言った。
このまま高梨が酒乱になってしまったら、僕にはどこにも逃げ場がなくなる。
「わかってる」
高梨がため息をついて、壁から手を離した。エレベーターはどんどん上がっていく。
「じゃあもう飲むの禁止」
高梨は頭を壁にもたれた。
「お前に言われたらどうしようもないな」
エレベーターが止まった。
「降りるぞ」
高梨は酔っているにもかかわらず、足取りはしっかりしていた。
部屋の機械に手をかざして鍵が開く。
僕達は中へ入った。
「七瀬、水」
高梨はそれだけ言ってソファに寝転がった。
「悪酔いすんなら飲まないでよ」
僕は水を汲んでテーブルに置いた。
高梨はいつも気を遣って奢ってくれるような人だから、頼られるのは初めてだった。
まぁ、たまにはいいか。
「飲めないー七瀬ー」
高梨が手をテーブルに伸ばすが、届いていない…というか絶対届かせる気ない。
甘えてる高梨はなんか面白い。
ふっと笑って、取ってやるかと思った。
「わかったわかった、はい」
僕はグラスを持って高梨に渡す。
「あ」
高梨がきちんと持たなくて、水が黒いシャツにかなり溢れた。
「あーあー、タオルどこ?」
僕は高梨からグラスを取り上げて立ち上がった。
しかし手が高梨に掴まれた。
「水」
高梨は、先に水を飲ませろ、と言った。
僕はまた膝をついて、高梨の口にグラスをつけた。
「ちゃんと飲んで」
高梨の口が無防備に半開きになっている。
唇が綺麗だな、と自然に思わされる。
「ん…」
高梨が喉を鳴らした。
唇が濡れている。
ごく、とまた水を飲み込む。
高梨の目はじっと僕を見ている。
さっきと同じで、僕はまたその目に引き込まれてしまう。
水がなくなった。
「…気分どう?」
高梨は深く息を吐いた。
アルコールとオレンジの匂い。
「すっげぇ良い」
高梨はそう言った。
その時わかった。
壊れてしまうと。