触って、七瀬。ー青い冬ー
第14章 神の告白
彼は、手袋をそっと外し、その手をぎゅっと握りしめた。少し緊張しているように見えた。
「これは俺の…個人的な話になるんだけど。もし良ければ…出来れば最後まで聞いてほしい。…です」
「はい」
彼は、
チョコレートケーキを見つめていた。
「俺、ある年からケーキをずっと食べてませんでした」
彼は広い肩を少し震わせていた。
《ねぇ、一体どんな顔すると思う?》
彼は拳を強く握りしめていた。
「俺は甘いものが大好きでした。
クリスマスケーキなんて出された日には、
ホールケーキを一人で全部食べてしまうほど大好きでした」
《お前…何したか自分で分かってんのか》
《私のせいじゃない。
全部あの二人の問題よ。
私はただ、話を聞いてあげたの》
「…でも
ある年から俺にクリスマスは来なくなりました。
サンタも来なくなりました。
この先も、
ずっと来ないんだろうと思います。
その年からクリスマスが嫌いになりました。
甘いものもケーキも大嫌いになりました」
_Benediction Of God In Solitude_
Franz Liszt
【 孤独の中の神の祝福–
フランツ・リスト】
この曲は残酷なまでに美しい。
雲の中を流れるのは、星か
それとも風か 天使の歌声か
それとも、この降り注ぐ雪だろうか。
ああ、なんて白く冷ややかな夜だろう
十字架に手足を釘で打たれた神は
頭を垂れて俺のピアノの音色を聴いていた
全ての隣人に愛を捧げよう
俺の汚れた心もこのピアノを通したならば
神の祝福を受けるだろう
「俺は何も望んでいなかったのに」
彼は拳を開き、チョコレートケーキにフォークをそっと刺して口に運んだ。
「…甘い」
彼はフォークを置いた。
《金を渡した…?》
《彼女のためを思ったの》
どんなに汚れた世界にも愛はある
神は、いる
それを信じるものは必ず救われる
希望さえ捨てなければ
愛さえ捨てなければ
神を信じるのならば
彼はマスクを外してアイスコーヒーを一気に喉の奥に流し込んだ。
ごくり、ごくり、と喉仏が上下した。