触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
「そこまで言われたら仕方ねえな。
それじゃあ、一つ条件付きでその時計を返してもらえねえか?」
その腕時計は、初めて僕と香田が話した最悪の日、
香田が僕から奪いとった大切な母からの贈り物だった。
なぜそれが香田から葉山先生に渡っていたのかはわからないが…
そして、香田がこんなところまで来てその腕時計を取り戻そうとしている理由も。
「俺が葉山秋人の穴を埋める。商品としてじゃなく役員としてでも死ぬまでこき使ってもらっていい。
どんな汚れ仕事でも引き受ける。
その代わりにそれを七瀬に返してくれ。頼む」
「何言ってんだよ香田」
香田の真剣な表情を見た佐藤は吹き出した。
「わかんねえな、正真正銘のバカが考えることは」
「香田、そんなの駄目だ」
「わーかったわかった。お望み通りだ。返してやる」
ちゃり、と僕の前に腕時計が置かれた。
なぜだろう。
あの頃、母親からの唯一の贈り物として大切にしていたはずの宝物が
奪われて失って悔しくて泣いてまで取り返したいと思っていたものが
今、香田から返されたのに
その少し霞んだガラスの表面を見ても、
「要らないのか?七瀬の坊ちゃん」
「…」
冷える体を引きずって手に取ってみても
何も感じなかった
冷たい金属の感触に身震いしただけで
「さ、それじゃあ約束通り君達3人を仲間にむかえ入れよう。いや、正式には4人…か」
佐藤はふっと笑った。
「4人?」
佐藤は香田の表情を見て眉を寄せた。
「とぼける位しか打つ手がないとはまあ、
随分舐められたもんだ」
香田が口をつぐんだ時、近くで叫び声がした。
「いやぁっ!」
香田の後ろに現れたのは、木村千佐都。
組織の男に羽交い締めにされていた。
「触んないでよ!」
心底嫌そうに対抗する木村千佐都に、香田は呆然としていた。
「このお嬢ちゃんも君の仲間だったんだよな?
それで腕時計を七瀬夕紀が手に入れた後は、この子の助けを借りて3人仲良く逃げるつもりだった。」
木村千佐都が僕を助ける?
一体何のために?
そもそも香田がここにいるのもおかしい話だった。
「違う、そいつは関係ない!」
香田は叫んだが、佐藤はまた微笑するだけだった。
そして僕の前にしゃがみ込み、僕の顔を覗き込んだ。
「さあ、みんなでお家に帰ろうか」
…