触って、七瀬。ー青い冬ー
第18章 白の孤城
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《おーい、高梨さーん》
ドンドンと叩かれるのは薄い扉。
きっともうすぐ壊れてしまう、そんな頼りなさは俺に負けず劣らずだった。
《居るなら開けてくれませんかねえ?
要件は言わなくてもお分かりですよね》
最初は、もう少し待って欲しいとか帰ってほしいとか言って抵抗していたのだが
今はもう、扉からできるだけ離れて耳を塞いで
聞こえないふりをするだけだ。
《高梨さーん》
借金を借金して返すような其の場凌ぎのせいで、こんな風に積み重なった債務返済の取り立てが止まなかった。
それもいくつもの組織から変わりがわりに取り立てにくるから四六時中監視されているようなものだった。
《高梨さーん》
やめてくれなんて言う資格もなく、
逃げる場所もなく
ただ耳を塞いで耐えるのだ
耐えるんだ
…
「高梨さーん」
「ん…」
鈍い喉のあたりの疼きに唸り声をあげたとき
目を開けるとそのあたり一面は煙に包まれていた。
「お、おはよ」
コツ、と足音だけが聞こえてその人影は煙に隠れていた。
「っ…!」
目の前には札束がピラミッド状に積み重ねられていた。この量だとおそらく…
「一千万」
誇らしげで優越感に浸ったような
いつも耳を塞ぎながら何度も聞いた声だった。
「立花…」
「どーも、高梨の若旦那ぁ。
お望み通り一千万、最低限度の金額は用意させてもろうたけど?ま、あんたが欲しいのは金じゃあないやろ。どうせウチより稼いどるんやし」
あれ、俺は確かあの劇場のステージにいたはずなのに何故今ここにいるんだ?
ここは確か所長室、つまり立花の部屋だ。
何度か白塔組の建物を探索して大方の間取りは頭に入っている。
「なんや、あんた寝ぼけとんの?
まぁ無理もないわ、丸一日意識失っとったんやし」
「意識…?」
「ああ、こっちの話や。
で?七瀬の坊ちゃんのことでここに来たんやろ。
交渉なら聞いてやらんこともない。
けどな、ウチも長いことあの坊ちゃんを探してようやく手に入れたんや。そう簡単には…」
「長いこと探してたのは俺も同じなんだよ」
立花の胸ぐらでも掴んでやろうかと思ったが、どうやら俺の両手は後ろで何かにつながれていて身動きが取れなかった。ジャリ、と鎖の音がするだけだった。