触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
泣き出しそうだった
17年もいて、一度も頭を撫でたことはないし
抱きしめたこともないし
愛情を表現したこともないし
きちんと話したこともないし
好きな食べ物や、好きな色や
好きなおもちゃや好きな歌や
好きな遊びや好きな場所
学校の話、友達の話
何一つ知らなかった
興味もなかった
だってあの子は他人だから
私とは別の人間、生き物だから
他人に興味がなくておかしいことなんてない
そうでしょう?
どうして私だけ、あの子に構わなくちゃいけないの
他の誰だって、あの子を世話しないんだから
私にだけその責任があるなんておかしいでしょ?
あの子だって人間なんだから
私だって人間なんだから
みんながみんな
当たり前みたいに愛し合えるわけじゃない
当たり前に家族になれるわけじゃない
私はただあの子を子供として
人間として愛せなかった
ただそれだけ
それをどうして責められなくちゃいけないの
人が人を嫌って何がいけないの
親ならこうすべきだなんて他人が口出ししないでよ
私だって親である前に人間なんだから
あの子だって
私の子である前に人間なんだから
「えーと、奥さんの子供じゃないというと、
どう言う意味でしょう?」
記者は興味を持ったようで、
さらに食いついてくる
「もう帰ってください」
「奥さん!詳しく話を聞かせてください!
本当のお母さんは誰なんですか!
息子さんは今どちらに?」
「知りません!どうでもいいでしょうそんなこと」
扉をようやく引っ張り返して閉じた
「…はぁ、はあ…ぅ」
言ってしまった
どうでもいい
私の子じゃない
言ってしまった
この17年、あの子が生まれてからずっと
隠してきた感情なのに
死ぬまで知られたくない秘密だったのに
あの様子じゃ、記者は別の方向で
私の発言を受け取っただろう
だけどもう、そんなことどうでも良くて
口に出してしまったことで
言葉にしてしまったことで
私の歪んだ心が
本当に、真実になってしまった
「っう、う…」
泣いてみても、
ちっともあの子のことを考えていなくて
自分が人間失格であると烙印を押されたような
根本的に自分を否定されたような
そのことがただつらくて
自分の事が可哀想だった