触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
あの子も自分と同じ世界…
水槽の中にいたいはずだ、
安全なこの場所にいたいはずだと
思い込んで
ピンポーン
「…出るのか?」
「見るだけよ」
玄関に降りると、まだチャイムが何度も鳴らされる
「七瀬さーん、いますかー?もしもーし」
ピンポーンピンポーン
その音、やめなさいよ
ガンガン
扉を拳で叩かれる
「ちょっと、もういい加減に…!」
耐えきれなくなって扉を少し開けた途端、
ぐいと扉と一緒に引っ張られる
「あ、どうも!〜スポーツのものですが!
お母様ですか?息子さん、すごいですねえ!
まだ17歳でこんなに有名になって!」
「あの、本当にめいわくなんです!帰って…」
「あのですね、うちの記事に若手俳優さんとか
ブレーク中のモデルさんとかタレントさんを紹介するコーナーがありまして!
そちらの記事に書く息子さんの幼少期のお話ですとか、写真ですとか、そういうものを頂きたくて」
「…」
…あの子の話
記者は黙った私に食い下がった
「失敗談でも苦労話でも構わないんです!
ああ、もちろん人気者だったとか美談でも!
お礼はきちんと用意してあります!」
あの子の顔が、思い出せない
今、どんな顔をしているのかもわからない
雑誌の表紙を見たとき、まさか自分の子だと思わないというのもあったが
七瀬夕紀、と名前を聞くまで気がつかなかった
あんな顔だったっけ
いつも無口で、お行儀が良くて
親に逆らったり反抗したりしない
とてもいい子だった
…いい子、って
つまり、都合のいい
聞き分けのいい
犬みたいな
そんな子のこと?
私は一体、どんな顔であの子に話しかけていただろう
愛していた
とても
愛して、いることにしていた
だけど
本当は…
本当は、あの子が怖かった
愛しているはずなのに
母親をやっていたはずなのに
あの子にはきっとわかっていて、
だから黙っていたのだろう
本当は愛していなかった
自分の子供なのに、可愛いと思えなくて
言うことを聞かない時は、捨てたいと思って
私に恥をかかせた時は、憎くて消えればいい
死んでしまったらいいと
こんな子はいらないと
あの子が物心つく前からずぅと
そんな風に思っていたから
「…あの子は、私の子じゃありませんから」