触って、七瀬。ー青い冬ー
第23章 舞姫の玉章
切れる
糸が切れた。
悴んだ指先から針が落ちた
窓の外にはいつも、
イネ科の草本が黄色く靡いていた
暖かい日差しもないのに、その色はとても柔らかい昼の図書室のようで優しかった
されど、吐く息は白く羽織るクロスも薄かった
ここは日本ではない、遙か北の遠い国
自分が自分だと知らなかった頃の少年の足には
重りがいつもまとわりついた
出たいと思ったこともない
ここにいれば生きていられるから
外は寒く、逃げ場もないから
《イヴァン》
そう呼ばれたのは、かなり昔だ
君にも関係するんだから、最後まで話を聞くんだ
《おやおや、針を落としたら危ないだろう》
レース編みは人の手で。
それが父の口癖だったんだ
父は針を拾って、僕の手の甲に針の先を
《痛いかい?うん、そうか…そうか…》
だから尖ったものが怖いんだ
嫌なんだ、恐ろしいんだ
父は何度も何度も言い聞かせる
《さあ、これは神からの賜り物だぞ。
信仰、希望、愛。それが無ければ私たち、
お前たちは生きていけぬ運命なのだから。
神を信じ、この聖杯を交わそう。
さあ、お飲みなさい》
それは今思えば、彼なりの儀式だったのだと思う
神への信仰を示すための
それで皆心身を病んだが
何、大した問題じゃなかったんだ
それよりも、何よりも問題だったのは
【性欲】
父は言った
汚らわしい欲求は撲滅されなければならない
しかし、それは人間が死んでも手放さないたった三つの悪しき欲求の一つ
だから父は言った
それがなくなるまでは、この家から出てはいけない
実際に、少年達は18までその部屋を一歩も出なかった
確かにそれによって社会から断絶され
知らないままになったたくさんの穢れもあるだろう
けれど当然、雄の本能が目覚めた時
身体は不思議に思うことだろう
この煮え立つような欲求は、
どうすれば満たされるのか
汚れている、と檻に入れられた少年達は
とても純粋だった
そこには5人いた
実際には、もっとたくさんの少年少女らがその家に収容されていたのかもしれない
儀式は変遷した
かつては単なる飲み薬だった甘い果汁が
いつしか【血清】と父が呼ぶものに代わり
静脈に注入された
時が経ち、成長する体に疼くものは日に日に強くなった
少年達は、荒い息を収める方法を探し求めた