触って、七瀬。ー青い冬ー
第6章 寒空の吸殻
…
「…思い出しました」
腰がジンジンと痛んだ。
よっぽど激しくやったのだろうか。
「思い出してしまったら元も子もないんじゃないかな」
葉山先生は笑った。
忘れようとして、めちゃくちゃにして欲しくて、僕は先生に頼んだのだ。
その時の痛みがあったから、今回はあまり痛くなかったんだ。
「いいんです。もう割り切れてますから」
僕は自動車の扉を開いた。
少しよろけて、なんとか立ち上がった。
「彼は上手だったのかい?」
先生も車を降りた。
「…」
僕は何をしてしまったんだろう。
突然恐ろしくなった。
酒を飲んだわけでもないのに、
あったばかりの人、それも、男同士で。
僕は馬鹿だ…
いや、そもそもこの人のせいじゃないか…
僕は先生を無視して家へ戻ろうとした。
父はまだおきているのだろうか。
もう26時だった。
「怒ってるんだろう。騙して悪かったよ」
先生は僕の背中に向かって言った。
別に、怒っている訳じゃない。
翔太さんのような人に会えたことは、
良いことだったと思う。
体を商売に使うことに、偏見を持っていた。不純だと思っていた。
でも、翔太さんはそれを生活の一部としていて、身体つきや顔を除けばごく普通の人で、僕と何一つ変わらない。ただ、少し経験が多いというだけだ。
多くの人にお金を賭けてもらってまで求められる人なのだ。僕よりも価値がある人だ。
「…だけど、私は君から離れようと努力しているんだよ。これもその努力なんだ」
「僕にストリップショーを見せてセックスさせることが、先生の努力ですか?」
先生はきっと驚いただろう。
僕は振り向いた。先生と目が合って、
僕が先に目を逸らした。
暗くて先生の表情はよくわからない。
しばらくして、先生がまた口を開いた。
「夕紀君、怒ってるのはわかってる。
君に理解できないのも、わかってる。
だけど、これが最後だよ。
今まで私が君にしてきたことは全部、私の欲のためだった。これからは、そうしている訳にはいかない。君も私も大人なんだ。
君は自由になるべきなんだ」
僕は黙った。
僕は今までずっと何かに囚われていた。
それは先生の手だったのか、
香田の手だったのか、
母や父の手だったのか、
わからないけれど。
「先生のことが好きでした」