a faint
第2章 white-night obsession
white-night
トロリーバスのテイルランプが 角を曲がった途端 雲行きの怪しげだった空から落ちてきた雨粒は 瞬く間に激しい降りとなった。
停留所から 左右に流れる車が途切れた一瞬の隙を縫って 向こう側へ渡る。
どうにか凌(しの)げる軒下に身を寄せ 肩先の雨を手で払っても 既にかなり濡れていて 気に入りの革靴の中も湿っぽくて げんなりする。
排気ガスまみれの埃っぽい壁へ背中を預けるのは 些か抵抗はあるものの 既に濡れてしまった上衣はクリーニングに出さなければならないだろ。
だったらいいかと半歩下がって壁に凭れ 胸元を探ってタバコを出す。
湿気た夜気のせいか 着火の悪いライターを何度か擦ってようやく火が点いた。
見上げた空の濁った色。
紫煙を燻(くゆ)らせ 何事かを耽(ふけ)ろうにも 状況は思っていたよりも芳しくなく いよいよ強くなった雨の跳ね返りが 膝から下をぐっしょりさせている。
降りが激しさを増すのと同時に一気に夜が迫る。
こんな雨宿りではもうどうにもならなくなってきた矢先 ホワと背後が明るくなったのは どうやら軒先を借りた店が 開店したらしい。
仄かな灯りに浮かぶシルバーのプレートには
『BAR lrgendwo』
lrgendwo…静寂(しじま)か。
寂れたこの辺りに似合いのネーミングセンスと 反して小洒落た佇まいに店の格が窺い知れる。
渡りに船だと入った途端
「休みなんです 今日…」
カウンターの向こうに立つ優男が いきなりボヤく。
「……でもね」
こんな日は高架下での雨宿りが増えるのだ と無精髭の伸びた顎を人差し指と親指で擦(さす)りながら大欠伸。
「…だったら 臨時営業もアリだなと」
そう言いつつも さらに欠伸を重ねるのが ”臨時営業”が嘘だと語っている。
濡れる俺を見るに見かねて開けたのだろう。
「助か…」
礼を言うのを制され 出されたのはバラライカ。
気怠げな声は 何となくエニグマと被り ジュモーに似た風貌、何処かしら女衒屋を思わせる所作に 酒のチョイスはナイチンゲールっぽく。
偶然のオンパレードに何の冗談かと込み上がる笑いが止まらない。
怪訝な顔を尻目に グラスを傾け もう一杯を強請れば 仕様がないなと云わんばかりに目の前の口角がニヤリと上がった。
まだ 雨は上がりそうにない。