a faint
第2章 white-night obsession
white-night
傘ごときでは 凌(しの)げないほどの 激しい土砂降りの真夜中。
空から音が降ってきた。
奏でているのは 十中八九 ドールだ。
夜道に当たって跳ねを上げる雨音と 高音域の鍵盤を叩く音がシンクロして 忘却の彼方へと追いやった記憶を 擽(くすぐ)る。
いつだったか 強かに酔ったアイツが 場末のBARの片隅で 半分壊れたアップライトピアノで弾(ひ)いていた旋律。
ただ 魅入られたように鍵盤の上を行き来するヤツの細く長い指を 見つめていたコトだけが やけに鮮明に 脳裏へと浮かび上がった。
それがこの曲だったか と 曖昧な記憶の深みから 引っ張りだそうと試みるも 何が引っかかってるのか、上手く出てこない。
狭い路地の 落書きされたシャッターに背を凭せかけ 湿気たタバコへなんとか火を点す。
ゆっくり煙を燻らせ その超絶技巧に耳を傾けながら こんな風に雨に濡れるのも悪かないと思った矢先 ふと音が遠のいた。
無粋な邪魔モノと云うのは 何処にでもいる。
窓を閉めたのは 推察するにエニグマだ…と云うか 推察するも何も ”あのオトコ”以外の誰がいる? ”あの野郎”しかいない。
俺が此処に立っているのを 知ってか 知らずか、窓を閉めたのは 故意なのか 偶然なのか。
どちらも多分 前者…いや 多分じゃない、確実に だ。
あの妙に利く鼻と勘の鋭さは 殊の外 俺の気配を察するのに長けている。
矮小なオトコの 低俗な嫉妬は 今に始めぬことじゃない。
鼻先で一笑に付し 微かに聴こえてくる調べに耳を傾け あの優美な指つかいを 脳裏に思い描く。
”『La Campanella』って言うンだって ”
記憶の片隅で 微笑うアイツに
”今度 弾いてみろよ”
そう呟けば そんなの知らないと何食わぬ顔で嘯(うそぶ)く 食えないヤツ。
吸い殻を 指先で弾(はじ)く。
見上げても……………もう 雨音しか聴こえない。