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Receptor

第1章 receptor

紀が産まれる前に既に他界していて、写真の中の母親はとても穏やかで貫に似た優しい微笑みを浮かべている。
少しでも近付けたら、同じように愛して貰えるだろうか。
「先に行ってるからな」
「うん」
貫は見送る紀の顎を引き上げると、小さく唇を重ねて家から出て行った。
貫と暮らすようになったのは数ヶ月前。
紀の両親は海外赴任で長期で家を空けるため、貫が親代わりに紀の面倒を見る事になった。
情事を重ねるふたりにとっては、都合が良かった。
家から出て来た紀は、短いスカートの裾を揺らしながら駅へと向かった。



雑踏に紛れて紀を呼ぶ声がする。
「おはよう、栗花落」
紀の肩を掴んで気安く声を掛けてきた少年は、同級生の小鳥遊弥寧(たかなし あまね)だった。
「おはよう、小鳥遊くん」
紀は弥寧に優しく微笑んだ。
弥寧とは教室で席が隣同士で、何かと紀に絡んでくる。
紀が弥寧と学校の門を潜ると
「おはよう、紀」
声を掛けてきた少女たちは、紀の友人の桜華(ほのか)と柊依(ひより)だった。
4人並ぶように教室に入った。
今日も退屈な日常が始まる。
始業のチャイムが鳴り、眼鏡を掛けた貫が教室に入って来ると号令がかかる。
貫は紀の通う高校の教師だった。
貫は気怠げに点呼していく。
学校では貫は飄々としていたが、時折、眼鏡の隙間から見える貫の微笑みは、女生徒たちの心を鷲掴みにしていた。
紀に向ける微笑みとは違い、大人の色香を漂わせていた。
授業が終わり貫が教室から出て行くと、女生徒たちは貫の後を追いかけて黄色い声を上げる。
紀は倦怠を抱きながら教室を出ると、屋上に向かう階段を上りドアを開けた。
屋上に出ると紀は手摺に体を預けた。
風がスカートの裾を捲り、紀の髪を攫っていく。
貫と同じ場所にいても、紀は孤独を感じる。
触れられず、話すことすら出来ない。
少女たちのように無邪気に貫の側に居られたら、苦しまずに済んだのだろうか。
鈍い金属音を立ててドアが開き、出て来たのは弥寧だった。
「…小鳥遊くん」
紀は気落ちしたように儚げに微笑んだ。
「栗花落は昼休みいつもここにいるよな、クラスの女子は放っておいていいのかよ」
弥寧は紀の隣に並び、手摺りを掴んで空を仰ぐ。
「小鳥遊くんだって、ここに来てるじゃない」
「あいつの噂話は聞きたくないからな、飯が不味くなる」
「小鳥遊くんは何でにぃ…」
紀は小さく咳払いして

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