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Receptor

第1章 receptor

教室に戻っても、ふたりは目を合わせられずにいた。
弥寧の頬を叩いてしまった後悔と、重なった甘い唇、欲情して熱を帯びた弥寧の瞳が交錯して、紀の心は乱される。
ふたりは関わる事を避けていた。
散漫になっているふたりの間を割って
「帰りにどこか行かない?」
声を掛けてきたのは桜華と柊依だった。
紀は表情を緩めたが、直ぐに影を潜めた。
「ごめんね…今日は行けそうにないんだ…」
「そっか、また誘うね」
貫は紀に家事の一切を任せきりで、紀は遊びに行く時間もあまりなく、家事に追われていた。
不満がないと言えば嘘になる。
それでも、貫の為ならば全てを許せた。



紀は買い物袋を抱えて家に帰ると、毎日の家事を手際よく終わらせていく。
貫の為に忠実(まめ)に働く紀は、誰の目にも健気だった。
キッチンに立つと、夕飯の支度を始めた。
貫に満足して貰いたくて、いつも何種類もの献立を考える。
壁の時計は貫が帰宅する時間を指していた。
出来上がった料理をダイニングテーブルに並べ終えると、紀は椅子に座って貫の帰りを待つだけだった。
徒らに時間だけが過ぎていく。
待ち疲れた紀はテーブルに伏せて眠ってしまった。
時計の針は深夜を指そうとしていた。
突然明かりが灯り、目を覚ました紀は眠い目を擦った。
側に来た貫は、紀の髪を優しく撫でながら
「こんな所で寝てたら風邪引くだろ?」
紀は椅子から立ち上がると、弾んだ声で貫に腕を回した。
「お帰りなさい、にぃに」
貫の体からは甘い香水の匂いがして、紀は貫の胸を押した。
胸に痛みが広がり、醜い感情に支配される。
「どうかしたのか?」
紀の心は深い闇に沈み、貫に向ける笑顔は歪んでいた。
「…料理を温め直して来るね」
紀が貫に背中を向けると、貫が
「外で食べてきたんだ」
「…そう…なんだ」
貫に突き放されたように感じ、紀は涙が溢れそうになった。
紀は感情を払拭でないまま、料理を黙々と片付けていく。
あまりにも惨めだった。
「…紀?」
貫に肩を掴まれると
「…でも、お風呂には入るでしょ?お湯を張ってくるね」
紀は返事を待たずに貫から逃げるように早足で浴室に向かい、中に入ると浴槽に湯を張りながらドアに背中を向けた。
張り詰めていた感情が溢れてきて、体が脱力すると床に屈んでドアに背中を預けた。
貫は時々、甘い香水の匂いを残したまま帰ってくる。

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