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第2章 猫描戯画

 (俺にもっと甲斐性があればなあ)
下級武家の次男坊という何とも……な立場では、一生お前を幸せにしてみせる程度のはったり一つかませない。そもそも武家の婚姻は主命によるものも多く、いつかは自分もどこぞの家に出される可能性の方が高いのだ。
 しかし今日は純粋に妙が喜ぶ顔も見れたしまあいいかと前向きに考えることにして、藤次郎は妙と猫とも別れて家路に着いた。
 妙こそ今は絵のことで頭がいっぱいで色恋沙汰にはとんと疎かったが、こちらはこちらで、またどこか鈍い男だった。

 それから数日後のこと。
「藤次郎様のお家のために、一生懸命描きました!」
と、満面の笑みで差し出されたのは、門外漢の藤次郎にもわかるほど緻密に描かれたキジトラの絵。
 一体どれだけ、この下心だらけの絵に心を砕いてくれたのだろう。その技、まさに妙なるかな──しなやかな筋は生身の猫を生き写したように流麗で、模様はもちろんヒゲの先から尻尾の先まで生き生きと、伸びやかに筆が運ばれている。それでいて丸い瞳や固太りした手足はいかにも猫らしく、愛嬌もたっぷりと。
「これはまた、すごい絵だな」
「猫絵は、妙心の得意でもありましたから」
「なるほど。お妙殿もその血を受け継いでいるのですね」
「あ。……だと、いいのですが」
そうして何故か目を泳がせた妙に、藤次郎は小首を傾げる。代わりに那岐が意味ありげににゃあと鳴いて、ぽりぽりとにぼしをかじり、飲み込んでいた。

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