その恋を残して
第1章 好きにならないで!
それは通常、担任の木崎先生の登場を告げるものであり。この日も、退屈な一日が始まろうとしている。それだけの事実を、示しているに過ぎない音――。
俺はその時に、頬杖をつきボンヤリと机の上を眺めていた。だから、教室内に音の無いざわめきが拡がっていたことを一瞬、遅れて感じることになる。
そのざわめきは、木崎先生に続き入室した、少女がもたらしたもの――。
そして、皆より遅れて、俺はその少女の方に視線を向けた。
「……!」
その時の衝撃を――俺には上手く説明する術がない。
長い黒髪が美しく棚引いていたとか。綺麗で上品な顔立ちであるとか。肩幅の狭い華奢な身体が可憐であるとか。そんな次元の低い言葉を幾つ羅列した処で、まるで足りなかった。
それ程に、今まで目撃した何者をも圧倒するように、彼女が美しいのだと――俺は感じている。
彼女から離れた一番後ろの席において、まるで俺はなにかに操られたように無意識に立ち上がっていた。
そして、彼女を見据える。
「――?」
そんな行動を、不思議に思ったのだろう。彼女はそっと俺へ、視線を向けた。
そして、俺と彼女が目が合わせた、その一瞬のこと。
キッ――!
彼女の二つの瞳が、射ぬくような厳しさで――俺のことを睨みつけた。
な、なんだ……?
俺はその瞳に気圧されていた。立つ力を奪われた如く、ドッとイスに腰を落とす。体中には、じわっと冷や汗が滲んだ。
「どうかしたのか?」
木崎先生が、彼女に訊くが――
「いいえ……」
彼女は素知らぬ顔で、そう答えていた。
「新しいクラスメイトを紹介する。彼女は――」
木崎先生が話し始めていたけど、まだ俺の耳はそれを聴こうとしてない。
あの一瞬、彼女が俺に向けた視線は、それほどに鮮烈。不覚にも彼女の美しさに目を奪われた俺に対する、嫌悪であり拒絶であるかのようにさえ思えた。
「帆月……蒼空(ほつき そら)です。よろしく、お願いします」
ようやく俺の耳に届いた声は、か細く儚い響き。
パチパチと拍手が鳴ると、はにかんで笑った帆月が丁寧にお辞儀している。その姿は先ほど、俺を睨みつけたイメージとあまりも違っていた。
その時抱いた違和感こそが、俺たちの始まりだったのかもしれない。
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