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インターセックス

第2章 性差別の始まり

その時ドアのノックする音。
「失礼します」と書類を手に持った福祉課の山崎涼子が入ってくる。
「遅くなりました」
僕の脇に座るとテーブルに書類を置いて静かに話し始める。
「夏音ちゃん、一応、貴方のお母さんの事調べてみたわ」
「お母さん、僕のお母さんの事ですか?」
「一応ね、お母さんにも夏音ちゃんの現状を知ってもらって協力してもらえないかなって思って」
「でも、お母さんは、僕を捨てて出ていったし……」
「違うのよ。夏音ちゃん。よく聞いて。お母さんは、夏音ちゃんを捨てたんじゃない」
「えっ、捨てたんじゃないって?」
僕は、母が出ていった時の記憶がほとんど無い。ずっと前から捨てられたと父から刷り込まれていた。
「お母さんは、お父さんと離婚した直後、福井の実家に戻ったのね。福井の実家では、その時ご両親がまだ健在だったらしいんだけど、お母さん実家へ戻るとすぐに亡くなってしまったらしいの」
「えっ、死んだんですか?」驚きと共にどうしてという疑問が湧いた。
「お母さん、癌だったのね。もう末期でどうにも手がつけられない状態だったらしいの。たぶん自分の死期を悟って家を出ていったのね」
「お父さんは、その事知っているんですか?」
「わからない。お父さんに聞かないと。でも、お父さん行方がわからないのよ。竜崎さんの話だともう帰らないだろうって。たぶん組織の人に始末されるって」
「始末って何?」
「海の底で生活するようになるって言ってたわ」
「海の底……」僕の頭の中には、父の足に重りが付けられて海底深くに沈んでいく姿を想像してしまった。
幼い頃、母がいなくなって毎日泣いていた僕は、父から「お前は、捨てられたんだ」と言い聞かされ諦めのような気持ちで母との思い出に蓋をしてきた。
母に捨てられたと言う思いは、子供ながら自分がゴミのような存在に思えていた。
本当は、僕は、ゴミなんかじゃない。
辛く重苦しい思いに蓋をして過ごしていた僕の蓋を一気に取られてしまった。
涙を流した辛い毎日を思い出し緊張の糸がほぐれ悲しい気持ちが湧き上がってきた。
涙が自然に湧いてくる。
そこからは、涙と一緒に悲しい思い出があふれだしてしまった。

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