テキストサイズ

カトレアの咲く季節

第7章 アレクとユナ ②

 今となっては誰も信じてくれないが。 
 今よりも小さな、まだ父が生きていた頃。アレクはすぐに熱を出す子どもだった。

 日差しの強い日に帽子をかぶらずに出掛けたり、暑い季節の川遊びで水に浸かりすぎたり、風の冷たい日に上着を羽織らなかったり……。そんな些細なことで、丸一日寝込むことも少なくなかった。

 その度におろおろと歩き回る父と、アレクの部屋に泊まり込む勢いで看病してくれたユナの姿を、よく覚えている。
「どっちが親だか、わかりゃしないわね」
 そう言って、ユナの母親がよく笑ったものだ。

「大丈夫大丈夫。アレクのお熱は私がもらってあげるからね」
 ユナはいつも手際良くタオルを取り替えながら、アレクの熱い額にそっと手を添えてはそう言った。
 ユナの手のひらは冷んやりしていて気持ちが良かった。

 そして、そんなことを言いながらも、ユナが熱を出すことは滅多になかった。
 アレクが覚えている限りでは、ただ一度だけ。

 その日は前日の収穫祭ではしゃぎ疲れたアレクもいつもどおりに熱を出し、二人して床に伏せっていた。

 二人の寝室を行ったり来たりしながら、ユナの母がタオルを取り替えてくれた。
 アレクはもうそのくらいの熱には慣れっこで、今回も大したことないだろうと思っていた。しかし、部屋を訪れるたびにユナの母の顔が、どんどん険しくなっていくのが気になった。

「ユナ、ひどいの?」
 熱のせいで掠れた声でそう訊くと、アレクが寝ていると思っていたのか、ユナの母は驚いたように振り返った。
 そして、明らかに作り笑いとわかる表情を浮かべて首を振った。

「ここ何年か分の熱が、一気に来たんでしょ。お薬もいただいたし、きっとすぐに下がるわ。だからあなたは気にせずおやすみなさい」
 優しげな言葉とは裏腹に、声には一種の凄みがあって、アレクはそれきり何も言えなかった。

 そしてアレクが翌朝には元気になったにも関わらず、ユナはそのまま三日三晩眠り続けた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ