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トライアングルパートナー

第17章 純子の嫉妬

 彼の名前は植木源三郎という。なんと昭和の匂いのする名前だろう。純子は源三郎と頭の中で呼ぶたびに、フフフ、と笑みがこぼれた。純子が部長職ということもあり、多忙を極めていることは身近で仕事をしている植木には十分すぎるほど理解してくれている。だから、純子の悩みそうな案件については、彼が、事前調査を係員に指示し、部下の報告書を彼なりに分析し整理した上で、報告してくれるのでとても助かっている。「ありがとうございます」と純子がいうと、例のごとく、深々と頭を下げて、部屋から出ていってしまう。植木とは6カ月ほど一緒に働いているが、私的な会話をしたことがなかった。純子が残業していると、植木は気を利かして残っていた。何か疑問が起きたとき、彼なりに対処したい、と思ってのことだろう。純子は若くして管理職になった。夫もまだ係長だ。夫の場合、純子が人事部に働きかけて、試験を落としているから出世できないのは当然のことだ、が、植木は別だ。こんなに欲のない、進一と同じような人間がいたことを知って、植木のことが気になっていた。この男の幸せは社会貢献なのだ、すごい男性がいるもんだ、と頭の中で称賛していた。植木のおかげで残業しているとはいえ、月に数回は定時で帰宅することができて、純子は植木の補佐に常々、感謝していた。
 純子は決済前の箱に入っていた最後の書類を決済済みの箱に移した。本日の業務が終了した。壁時計に目を向けると、午後6時を表示していた。大きく息をはいた純子は席を立ってドアの前に歩いていき、植木がいるか確認した。計画係は彼を含め、5名だ。すでに、係員は席に付いていないので退勤したのだ。植木はのぞいていたノートパソコンのモニターから目を外すと、上半身だけをひねって、後ろを振り向いた。
「室長、何か? 御用はございますか?」
 そう言ってから、席を立って純子に体を向けて直立した。彼流の礼儀なのか、純子が植木の前に行って声を掛けると、彼は、大抵、あわてて席を立ち対面する姿勢を取るのが常だ。
「もう皆さん退勤されたのですね?」
「はい、基本計画が立案されたので議会で承認されれば実施に移れる段階になりましたので、少しゆとりができました。私も少し肩の荷が下りました」

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