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トライアングルパートナー

第11章 慶子と慎之助

 慶子が彼に開口一番で言い放つ。あろうことか、慶子の顔が彼の顔ギリギリの位置で静止しにらんできた。眼(がん)を付ける、とはこういうことを言うのか、と彼は呑気に思った。おまけに、慶子の右手の中には彼の締めているネクタイが握られていた。彼は首が苦しくて咳き込んだ。慎之助が本性を出せば、慶子は吹けば飛ぶ人間であるが、そこは元カミ見習いであるのでこらえた。
「お客さま、ご無体な……」
 あいさつもなしに、慶子の一方的な苦情には、慎之助が神の使いという地位を明かしていないから仕方ない。さすがに寛容である。それにしても、か弱い力のくせにネクタイをつかみ締め上げるとは、この子はそんなに愛に飢えているのか。慎之助はここは一発元神の使いらしくなんとかしてやらなければ、と心から思った。彼は慶子の頭に自らの手のひらをそっと乗せ余裕のあることを見せつけた。
「きみの笑顔が台無しですね。何かありましたか?」
 彼女の怖い顔がさらに増した。
「どの口が言うかぁー」
 怒鳴った慶子は彼の顔をまじまじと近距離でにらみつける。彼は慶子の荒々しい鼻息を感じ、心臓の鼓動が速まった。慶子の行動に動揺していることを感じた彼は慌てた。
「きみぃー み、右手を見て」
 慶子はじっと慎之助の顔を見つめていたことに気がついたようで、慎之助の言葉に反応した。彼女は慎之助の顔を見つめていた顔を、自分の右手に移した。慎之助のネクタイを握って彼を締め上げていることに気が付いたようだ。
「えぇっ ああああー あたしとしたことが…… な、なんて、ことを……」
 慶子はその場に両膝を折って座り込んだ。そのまま、大きな声を上げて泣き出した。
 慎之助は床に座り込んでいる慶子の上半身を支えて立ち上がらせた。慶子の肩を抱きながら店長室に入ると、ソファーに座らせた。そのまま、慎之助は慶子の横に並んで座った。泣いている子に声を掛けるなんてことはしたことがない慎之助だった。

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