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シャイニーストッキング

第12章 もつれるストッキング1   松下律子

 67 準備室室長佐々木ゆかり(5)

  わたしは、その越前屋さんの…
『甘い、いい香り…』
 と、いうその言葉に、心が昂ぶってきていた。

「あ、甘い、いい香り?」
 すると美冴さんが、まるでわたしの心の声と、昂ぶりを代弁するかの様に呟き、越前屋さんに問いかける。

 多分…
 唯一、わたしと彼、大原常務の関係を知っている美冴さんが、秘かなわたしの表情と声音の変化に気付き、気を効かせてくれての問いかけだとわたしには感じられた。

「はい、甘い、いい香りが微かにしていたんですぅ」
 
「つまりは香水、フレグランスの香りね?」

「はい、でもぉ、わたしは、そんなの付けた事ないからぁ…
 なんの香りかわからないんです…」
 ある意味、さすが越前屋さんである。

「うーん甘い香りかぁ?」
 美冴さんが悩む。

 だが、わたしはふと、ある想いが浮かび…
「シャネル?」
 と、呟いた。

「あ、あぁ、そうかもですねぇ…
 確かにシャネルは甘い香りかも…」
 美冴さんはそんなシャネルの香りを思い浮かべるかの様な顔をして呟く。

「あ、でもぉ、どちらかというとぉ、サッパリとした感じのぉ、ほのかな甘さって感じでぇ」
 
「えぇ、えつにそんな微妙な違いわかるのぉ?」 
 と、伊藤さんが笑いながら言ってくる。

「あっ、うん、わかるもん」
 越前屋さんは伊藤さんのそんなツッコミに、口を尖らせながら反論する。

 だが、その彼女の言い方と顔が面白くて、わたし以外の四人は一斉に笑った…
 そして、その笑いで秘書さんの話しは終わったのだ。

 しかし…

 わたしは内心モヤモヤ、そしてザワザワと心を騒つかせていたのであった…

 なぜならば…
 わたしの心の中では、シャネルの香りイコール銀座のクラブのお姉さん、という図式が築かれていたから。


 だが…
 さすがに銀座のクラブのお姉さんが、秘書になる、という図式は、いや、それはあり得ない。

 だけど、さっきの越前屋さんの
『サッパリとした感じのほのかな甘さ』という言葉が心に引っ掛かっていたのであった…

 それは、あのお盆休みに彼と、ようやく再開できたあの夜に…

 彼に抱き着いた瞬間に微かに香った…


 シャネルの19番の香りが、まさに、そ
の…
『サッパリとした感じのほのかな甘さ』の香りに、わたしは感じるから…




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