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幸せな報復

第19章 畑野浩志の観察

 浩志はそう言った。彼は恵美と亡き母を重ねてみていたのか。
「ごめん…… 手を握ったりして……」
 浩志は小さな声で非礼をわびているが手を離すつもりはないようだ。
「いいのよぉ…… そぉそんなことないよぉーー」
 うれしさを伝えた恵美は握られた浩志の手の上に自分の片方の手を重ねた。手を握っても恵美が嫌でないと知った浩志は、ノートを受け取らず差し出した恵美の手をもう片方の手を重ねてきた。上と下から挟まれた恵美は、手から伝わる温かさに懐かしさを感じた。勘太郎に電車で握られたときと同じ記憶がよみがえってきた。
 恵美にとってそれはとても暖かく気持ちよいものだった。これもあの日の勘太郎のときと全く同じだった。
 浩志は恵美の手を離すと、ゆっくりノートに移動させてからノートを受け取った。彼は立ち上がり何もなかったように椅子に座った。
「えぇーー 浩志くーーーん…… 戻っちゃぅーーのぉ?」
 彼女は意外な浩志の行動に驚いた。恵美は浩志への動物的な求愛衝動を昇華できずもんもんとしたやるせなさは解消されないままだった。
 浩志はこれからも恵美を母親の面影と自分を重ね、自分は恋愛対象にもならなくなり彼の母みたいな存在になってしまうのだろうか、と思い不安になった。
 それにしても、浩志の体臭を嗅ぐたび体が麻痺する自分の体質が分からなかった。勘太郎には会えないから確認できないし、報復という目標はあったにしても畑野家にこれほど入れ込む理由が分からなかった。年齢も体格も何もかも違う親と子に求愛する自分の感情も分からなかった。
 浩志にハニートラップを仕掛け、自分に手を出させようとする異常な行動も以前の自分からは想像できない蛮行だ。なぜこんなに回りくどいことをしているのか分からない。普通に愛を告白すればいいことなのに親子のことになると別人格になるようだ。
「あぁーーーー わたし、頭が変になりそうよぉーー」

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